STORY

柳井市南町、青いドアの店舗ができるまで

柳井市南町の古い建物を借りて、青い扉を目印に開店の日を迎えるまでの記録です。壁を直し、道具を並べ、椅子の位置を何度も動かしながら、静かに始まった小さな店の話をまとめました。

店主 小野澤 祥子

物件との出会い

自分の店を持ちたい、と口に出せるようになるまでには、しばらく時間がかかりました。前の店で長く働かせてもらいながら、頭の中では「もし自分がやるなら」という景色ばかりを描いていた気がします。

思い描いていたのは、大きな通りに面したガラス張りの店ではなく、住宅地の奥にひっそりと座っているような場所でした。落ち着いてお話を伺える場所でなければ、髪の悩みも、暮らしの悩みも、途中で言葉が止まってしまう。若いころに何度もそういう場面を見てきたので、静けさが確保できる建物を、というのが最初の条件でした。

柳井市南町のその建物と出会ったのは、まだ肌寒い季節の夕方でした。もとは古い和菓子屋だったと伺いました。中に入ると、床のきしむ音と、板張りの壁のにおいがして、奥の窓から西日が差し込んでいたのを覚えています。ここでお客様に椅子に座っていただいたら、どんな時間が流れるだろう、と思わず立ち止まりました。

青いドアに決めた理由

借りることを決めてから、正面の扉をどうしようか、ずいぶん悩みました。看板を大きく出せるような立地ではありません。名前を知っていただく前に、まず「場所を覚えていただく」ためのしるしが必要だと感じていました。

思い浮かんだのが、藍色でした。うちの店の香草カラーでは、藍のハーブを重ねて色を落ち着かせます。染めが仕上がったときのあの深い青がずっと好きで、頭の中でお客様の髪と、扉の色がなんとなく重なっていったのです。

もうひとつは、空と海の色でもあります。柳井は海の近い町です。仕事の合間にふと外を見上げたときに、いちばん気持ちがゆるむのが、朝方の少しくすんだ青でした。派手すぎず、白い壁のなかで静かに立っている、そんな色にしたい。何度か塗り直して、今の色に落ち着きました。

青いドアと呼んでいただくようになってから、お客様が「あの青いところね」と覚えてくださるようになりました。屋号の「アオイヘアー」も、そこから自然と決まっていきました。

開店までの準備

物件が決まってから開店までは、思っていた以上に時間が必要でした。壁を整え、床を貼り直し、水回りを一から作り直し、そのあいだにハーブの仕入れ先とやり取りを重ねて、道具を少しずつ揃えていきました。

椅子の位置は、何度も動かしました。染めのあいだにお客様が休めるよう、鏡の前だけでなく、少し離れたところにも落ち着いていただける場所を作りたかったのです。試しに自分で座ってみると、天井の高さや、窓から入る光の角度で、居心地が思っている以上に変わることに気づきました。

道具のひとつひとつも、しばらく使い込んだものを持ち込みました。新品でそろえた店内よりも、少し年季の入った道具が混じっているほうが、初めての方でも肩の力が抜けるように感じたからです。

開店の日が近づいたころ、外の扉に青い色を入れました。塗り終えて少し離れて眺めたときに、この店で長くやっていくのだ、とようやく実感が湧きました。派手な開店の挨拶はしませんでした。近所の方に一言ご挨拶に伺って、うちの店は静かに始まりました。

はじめのころは、お越しになる方がほとんどおられない日もありました。それでも、扉を開けて、道具を並べて、ハーブのにおいがゆっくり染み込んでいく店内で、次にいらっしゃる方をお待ちする。その繰り返しの中で、少しずつこの場所らしい時間が育っていったように思います。