STORY
店主 小野澤 祥子 のプロフィールと、独立までの道のり
見習いから始まった美容師としての年月、白髪染めのご相談に応えきれずに悩んだ日々、そして柳井市南町で自分の店を持つまでの記録を、店主自身の言葉でつづった読み物です。
美容師としての歩み
わたしが美容師を志したのは、高校生の頃でした。近所に、いつもきれいに髪を整えていらっしゃる年上の女性がいて、その方の後ろ姿を見るたびに、髪ひとつでこんなにも人の印象が変わるものなのか、と感じていました。手に職をつけて、誰かの日常のそばで働きたい、という漠然とした気持ちが、そのまま美容の学校へと足を向けさせたのだと思います。
学校を出てから最初に勤めたのは、地方の商店街の中にあるサロンでした。カットからパーマ、白髪染めまでひととおりの仕事があり、朝から晩まで手を動かしていた記憶があります。掃除やタオルの洗濯を終えたあと、閉店後に先輩の手を借りてカットの練習をする、そんな日々を数年続けました。
先輩から言われて印象に残っている言葉があります。「髪を触るのは、その人の一日の気分を触ることでもあるんよ」。技術の話ばかりを考えていたわたしにとって、この一言はしばらく耳の奥に残りました。目の前の一人の時間に、どれだけ気持ちを込められるか。そこがすべての出発点なのだと、少しずつわかっていった気がします。
その後、いくつかの店に勤めながら、白髪染めのご相談を受ける機会が増えていきました。四十代後半から、六十代の女性が中心でした。「染めるとどうしても頭皮がしみる」「においが服に残るのが気になる」「染めるのをやめたいけれど、白いままはまだ早い気がして」。似たようなお声を、あちこちの街で伺いました。
独立のきっかけ
大きなお店にいた頃は、一日にたくさんのお客様が入り、時間に追われる中で仕事を進めていくのが当たり前でした。技術は日々鍛えられていく感覚がありましたが、心のどこかで、ひとりの方に対して「もう少しゆっくり話を聞けたら」と思うことが増えていきました。
ある年の秋のことです。しみるとおっしゃっていた方に、いつもの薬剤で染めていた最中、耳のうしろがぽつぽつと赤く腫れていくのが見えました。ご本人は「大丈夫、いつものことだから」と笑っておられましたが、わたしはうまく笑い返せませんでした。その日の帰り道、駅までの道を歩きながら、このまま同じやり方を続けていていいのだろうか、と考え込んだのを覚えています。
独立を決めたのは、この方だけが理由ではありません。ただ、白髪染めで悩んでいらっしゃる方に、時間をかけてお話を伺い、髪と頭皮をゆっくり見せていただく仕事の仕方は、大きな店の忙しさの中では、わたしには続けられないと感じたのです。
自分の店なら、来ていただく方の人数を自分で決められます。染めの方法も、体質やお悩みに合わせて選んでいけます。頭皮が敏感な方には、ハーブを使う香草カラーやヘナ、藍染のような方法もお出しできます。ノンジアミンの染料も、そのときの状態に合わせて選べます。人にペースを合わせられる仕事の仕方が、自分にとっては必要なのだと、独立を決める頃には、はっきりしていました。
準備には数年かかりました。ハーブの扱いを学ぶために足を運んだり、アーユルヴェーダの考え方に触れる時間を持ったり、頭皮と髪の関係を、あらためて一から勉強し直したりしました。焦らず一段ずつ、と自分に言い聞かせていた時期でした。
柳井市南町で店を開いた理由
物件を探し始めたとき、賑やかな駅前や大通りではなく、少し落ち着いた場所がいいと思っていました。ゆっくり話しながら染めていく仕事に、静けさは欠かせないものだったからです。
柳井市南町の古い町並みを最初に歩いたとき、通りの静かさに心が動きました。白壁の続く道を歩いていくと、時間の流れがふっとゆるやかになるような感覚があり、ここでなら、髪と向き合う時間をお客様にお渡しできるかもしれない、と感じました。近隣には、遠方から車で来てくださる方にも寄っていただけるような、お茶や散歩の場所も点在していて、染めの前後の時間を静かに過ごしていただけるのもうれしい点でした。
見つけた建物は、もともと別のお店だった小さな平屋でした。中に入ると、木の柱や床の質感が思いのほか手になじみ、青いドアを付けたらこの町並みに合うかもしれないと直感しました。青は、藍のハーブが仕上げてくれる色でもあり、わたし自身が肩の力を抜きたいときに、いつも見上げてしまう空の色でもあります。看板の代わりに、その扉が目印になれば、と思って塗りました。
開店してからは、想像していた通り、静かな日々が続きました。人数を絞って、おひとりずつじっくりお迎えする形の店ですから、賑わいがあるわけではありません。それでも、遠くの町から通ってくださる方や、はじめて白髪染めをやめたいとご相談にいらっしゃる方が、少しずつ増えていきました。
独立してから、いくつも学んだことがあります。技術は続けて磨いていくものだということ。信頼は、一度で作れるものではなく、通っていただく年月の中で少しずつ積み重ねていくものだということ。そして、店を続けていくというのは、来ていただく方の暮らしを、少しでも軽くするために工夫し続けることなのだ、ということです。
これから先も、白髪染めのご相談を受けながら、静かな町の中で仕事を続けていくつもりでいます。もし髪のことで肩の力が抜けないままの方がおられたら、いつかどこかで、そっとお役に立てたらうれしく思います。