STORY

若いころ勤めた美容室で見た、赤くなった頭皮のこと

若いころ勤めていた美容室で出会った、白髪染めのたびに頭皮を赤くしていたお客様の話。カラー剤を替えても改善せず、染めることを諦めていった姿から、わたしが今の仕事を選ぶまでのことを綴ります。

店主 小野澤 祥子

あの日のお客様の姿

わたしが 20 代のころ、山口県内の別の美容室で働いていた時期があります。お客様の年齢層は幅広く、白髪染めのご予約もよく入っていました。

その中に、月に一度いらっしゃる 50 代半ばの女性がいました。仕事帰りにそのまま寄られる方で、椅子に腰かけると小さく息を吐いて「今日もお願いします」と笑ってくださる、そんな穏やかな方でした。

その方のカルテには、先輩スタッフの手書きで「頭皮弱め・染みやすい」と書かれていました。染める前に頭皮を見せていただくと、生え際の周りが薄くピンクがかっていて、耳の後ろのあたりには小さなかさぶたのようなものが残っていることもありました。

「かゆくなったら、すぐ言ってくださいね」とお伝えするのですが、その方はいつも「大丈夫ですよ、慣れました」と穏やかに答えるだけで、施術中に声を上げることはほとんどありませんでした。ただ、シャンプー台に移ったときにお湯が当たると、うっすら眉が動くのが鏡越しに見えることがあって、そのたびにわたしは自分の指の力を確かめ直していたのを覚えています。

カラー剤を替えても改善しなかったこと

先輩とも相談して、少しでも刺激の弱いカラー剤に変えたことがありました。塗り方も、生え際から少し離して、地肌に付けないようにと工夫を重ねていました。

それでも、次にご来店いただいたときに頭皮を見ると、状況はあまり変わっていませんでした。以前より赤みは薄いような気もするけれど、はっきり良くなったとは言い切れない、そんな感じでした。

わたしはそのころ、白髪染めというものを「そういうもの」として受け止めていたように思います。刺激があるのは仕方がない、我慢して染めるものなんだと、どこかで納得してしまっていました。今思い返すと、そこで立ち止まって考えられなかった自分が、少し歯がゆいです。

お客様も「これ以上、店員さんに気を遣わせるのが申し訳ない」というふうに、症状のことをあまり口に出さなくなっていきました。かゆいですか、と聞いても「大丈夫」と返してくださる。その「大丈夫」の中に、どれだけの我慢が積み重なっていたのか、当時のわたしにはまだ十分に見えていなかったように感じます。

「もう染めるのは諦めます」の言葉

ある日、いつものように予約表にお名前を見つけて、その方をお迎えしました。席にご案内して、少し世間話をしたあと、「今日はどうしましょう」と伺うと、少し間があってから、こう言われました。

「もう、染めるのは諦めます」

その方は、髪を伸ばして少しずつ白髪の部分に戻していきたい、とおっしゃいました。理由は、皮膚科でしばらく染めるのを控えるように言われたこと。そしてご自身でも、鏡を見るたびに頭皮の赤みが気になってしまうこと。

「本当は、白髪があると老けて見えるから染めたいんですよ」と笑いながら、そのあとに小さく「でも、もういいかなって」と付け足された声を、わたしは今もはっきり覚えています。

そのときのわたしは、うまく言葉を返せませんでした。「そうですか」と相づちを打つのが精一杯で、代わりの提案も、慰めの言葉も持ち合わせていなかったのです。

その方はその日を最後に、ぱたりとご来店がなくなりました。引っ越されたのか、他のお店に移られたのか、それとも本当に染めるのをやめられたのか、わたしにはわかりません。ただ、あの日の「諦めます」という言葉は、ずっと胸のどこかに残り続けました。

染めたいけれど、頭皮がついてこない。そのあいだで揺れている方が、きっと他にもいらっしゃる。そう思うようになったのは、あの日からだったように思います。ヘナや香草カラーというものに出会って、ノンジアミンで染める道もあるのだと知ったのは、それから何年か経ってからのことでした。あのお客様にもし今お会いできたら、選び方はひとつじゃないんですよ、とお伝えしたい。うちの店でそういうお話を落ち着いてできる場所を作りたかったのは、たぶん、この記憶がずっと背中を押してくれているからだと思います。