STORY

アオイヘアーの香草カラー、店主が選んだアーユルヴェーダの染めかた

若いころ勤めていたサロンで、白髪染めのたびに頭皮を赤くしていたお客様と別れた日から、アーユルヴェーダのハーブを使う香草カラーにたどり着き、小さな店を開くまでの記録です。

店主 小野澤 祥子

若いころのサロンで、いつも同じ相談を受けていました

わたしが美容師になったのは、二十歳を過ぎた頃でした。当時勤めていたのは、地方の小さな町にあるサロンで、お客様の多くは四十代から六十代の女性でした。通ってこられる目的の半分ほどは、白髪染めだったと記憶しています。

そのうちのおひとりに、月に一度、決まった曜日にいらっしゃる方がおられました。おだやかな話し方をされる方で、椅子に腰かけられると「今日もお願いしますね」と静かに笑ってくださる。ただ、染めが進むにつれて、耳のうしろや生え際が少しずつ赤みを帯びていくのが、鏡越しに見えていました。

「今日もひりひりしますね」とその方がおっしゃっても、「でも、これがいちばん白髪が染まるから」と、いつも同じ薬剤を選ばれていました。当時のわたしはまだ経験も浅く、しみないように塗り方を工夫することくらいしか、思いつけずにいました。

うちの店に来てくださる方の中には、あの頃のその方と、どこか似た表情をされている方がいらっしゃいます。染めることに慣れながらも、どこか無理をしてきた、そんな空気を背負ってこられる方です。

「もう染めるのは諦めます」と帰られた日

ある夕方のことでした。いつものように染め終えて、鏡の前でわたしがドライヤーをあてていたとき、その方が小さな声で言われました。

「祥子さん、わたし、もう染めるのは諦めます」

理由をうかがうと、皮膚科で「これ以上続けると、頭皮が回復できなくなる」と言われた、と話してくださいました。真っ白のままでいくのはやっぱり寂しいから、帽子で隠しながら暮らしていこうと思う、と、その方は少し笑って続けられました。

わたしは、その日のことを今でもうまく話せません。仕事は最後まで気持ちを込めてやったつもりでしたが、その方が席を立たれて、扉を閉められたとき、なにか大きなものを届けそこねてしまった気がしたのです。

家に帰って、お風呂の中で、髪って、こんなにも人の気持ちに近いところにあるんだな、と思いました。染めるか、染めないか、という単純な話ではなくて、その方の日々の暮らしそのものにつながる場所で、わたしは仕事をしているのだと、遅れて気づいたのです。

その夜から、わたしの中でなにかが変わりました。

髪と頭皮に負担をかけない染めかたを探した数年

翌週から、わたしは白髪染めの本を集めるようになりました。美容師向けの技術書だけでなく、皮膚科の先生が書かれた読み物や、化学の入門書のようなものまで、読めるものは片っ端から読みました。

わかったのは、白髪染めに使われる成分の中に、体質によっては合わないものが含まれる場合がある、ということでした。ジアミンと呼ばれる染料のように、繰り返し触れているうちに、あるとき突然反応が出てくることがある、と伺うことがあり、あの方の頭皮の赤みと、なんとなくつながっていくように感じました。

ノンジアミンと呼ばれる染料も試してみました。刺激はたしかに穏やかで、しみるとおっしゃる方が少なくなる印象はありました。ただ、白髪をしっかり暗く落ち着かせるのが得意ではなかったり、時間の経過で色が抜けやすいものもあり、これひとつですべての方に応えるのはむずかしいな、と感じていました。

ハーブで髪を染める方法がある、と知ったのは、そのころです。植物だけで本当に色が入るのだろうか、と正直、最初はぴんと来ませんでした。頭の中には、染料の入った小さなボトルの絵しかなかったのだと思います。

アーユルヴェーダのハーブとの出会い

はじめて、インドから届いたばかりのハーブの粉を自分の手で溶いたとき、青草のような、深い山のようなにおいがしたのを覚えています。ヘナはオレンジがかった色に染まり、藍のハーブを重ねると、少しずつ落ち着いた色に変わっていきました。仕上がりまでには時間がかかりましたが、指先で頭皮に触れながら塗っていく、あの静かな時間がなんだかとても心地よかったのです。

インドに古くから伝わるアーユルヴェーダという考え方では、髪や頭皮も体の一部として、じっくり見ていくものだと伺いました。植物のちからで、体の内側から整えていく、その暮らしの一部として髪を染めることがあるそうです。染めているあいだにお客様が眠ってしまわれることが、うちの店ではとても多いのですが、あの静けさとどこかつながっているのかもしれない、と感じています。

わたしが今、香草カラーと呼んでお出ししているのは、そのアーユルヴェーダのハーブと、日本に古くからある藍などを組み合わせて作っているものです。刺激の強い成分は使わずに、白髪の量や、髪の状態、そして頭皮の様子を見ながら、その方に合わせた配合を考えていきます。

一度の来店で決まった色に染め上がるものではなく、通ってくださるうちに、少しずつ髪と頭皮が落ち着いてこられる方が多いように感じます。すぐに劇的な変化を求める染めではなく、暮らしの中に長く寄り添う染めなのだと、日々の仕事の中で思います。

古い町並みに、小さな扉を見つけた話

数年ハーブの染めを勉強するうちに、自分の店を持ちたい、という気持ちが少しずつ育ってきました。人通りの多い場所ではなく、静かに髪と向き合える場所がいい、と思っていました。落ち着いて話せる場所でなければ、お客様のお悩みを、そのままの言葉で聞かせていただくことはむずかしいと感じていたからです。

ご縁があって、柳井市南町の古い町並みの中に、小さな建物を見つけました。もとは別のお店だった場所で、床の匂いや、壁の質感が、なぜだかとても懐かしく感じられました。ここでなら、あのお客様のような方に、もう一度お会いできるかもしれない、とそのとき思ったのです。

思い切って、外の扉を青く塗りました。青は、藍のハーブが仕上げてくれる色でもあり、わたしが空を見上げるときに、いちばん気持ちが落ち着く色でもありました。「アオイヘアー」という名前は、その青いドアからそのままいただきました。看板を見て「あ、あの青いところね」と覚えていただければ、それでいい、と思ったのです。

開店してからしばらくは、ほとんどお客様がお越しになりませんでした。それでも、ハーブの香りが染み込んでいく店内で、椅子や道具の位置を何度も直しながら、ここで長く続けていこう、と自分に言い聞かせていました。

お客様おひとりに、じっくり向き合うために

うちの店では、1 日 2 名までしかご予約をお受けしていません。よく「せっかくなら、もっと多くの方に来ていただいたほうがいいのでは」と言っていただくこともあります。それでもこの人数を変えないのは、香草カラーが、ゆっくり時間をかけて進めていく染めだからです。

ハーブを溶いて、髪と頭皮になじませて、色が落ち着くまで待つ時間があります。そのあいだ、髪や暮らしのお悩みをうかがったり、ときには何も話さずに、ただ休んでいただいたり。お客様おひとりにしっかりお時間をとってこそ、この染めの穏やかさが伝わるように感じています。

もうひとつ大切にしているのが、始まりから終わりまで、担当するのがわたしひとり、ということです。染めを続けてくださる方の頭皮の変化や、白髪の生えかたの癖は、途中で人が替わるとわかりにくいものだと感じています。前回はどのあたりが赤くなりやすかったか、どのあたりの白髪の伸びが早かったか、そういう小さな記憶が、次のご来店の塗りかたを決めていきます。

お客様の中には、遠くから車で通ってくださる方もおられます。時間をかけて来てくださったのに、あわてて染めて終わりにしたくない、という気持ちも、この人数の少なさにつながっています。

今日も、鏡の前で伝えたいこと

あのとき、「もう染めるのは諦めます」と帰られたお客様に、もし今もう一度お会いできるなら、「一度だけ試してみませんか」とお声がけをすると思います。頭皮の状態によっては、皮膚科の先生にご相談いただくのが先になるかもしれません。それでも、髪を染めることを、暮らしから手放さなくてもいい方は、たくさんいらっしゃるように感じています。

白髪染めのたびに頭皮が痛くなる。染めたあと、においが気になって外に出づらい。そういうご相談を、今もときどき伺います。そんなときは、うちの店で扱っているようなハーブの染めかたもありますよ、と、お話しします。合う合わないは、その方の髪と頭皮次第です。すぐに答えの出ないこともあります。それでも、まず一度、椅子に座って話してみませんか、と伝えるようにしています。

染めが終わって、鏡の前で「今日はちょっと気分がいい」とつぶやいてくださる方がおられます。その一言のために、わたしはこの仕事を選んできたのだと思います。あの日届けそこねたものを、今日はどこかの誰かに届けられているだろうか、と自分に問いながら、道具を並べています。

髪の色は、暮らしの気分に、思っている以上に近いところにあります。だからこそ、無理のない染めかたを、これからも探し続けていきます。もし白髪染めのことで肩の力が抜けないままの方がおられたら、いつかどこかで、少しでもお役に立てたらうれしいです。